ドッグフードの歴史を解説

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ペットフード

昔は犬のエサといえば人間のご飯の余りものでした。

冷えたご飯に味噌汁や魚の干物、菜っ葉などをぶっかけたもので、今考えてみれば、塩分過多で犬の健康には悪いものばかりでした。

ドッグフードが日本の家庭で一般的になったのは最近のことなんです。

古い記録に残る犬の食事

古代ローマの記録

古代ローマでは、犬はハンティングや戦闘、防犯などに用いられる非常に重要な存在でした。

ローマの詩人ウェルギリウスは、「スパルタンハウンドやマスティフにはホエーを与えなさい」と指導しています。

ホエーは日本語では「乳清」と呼ばれています。

乳からチーズなどを作るときに出る栄養価の高い食品で、市販のプレーンヨーグルトのフタを開けると透明な液体が浮いていることがありますが、あれがホエーです。

そのほか、ローマ軍では、軍用犬には麦や豆をメインに与え、滋養強壮にホエーを与えていたという記録もあります。

また、古代ペルシアのゾロアスター教の教本には、「犬はすぐに老いぼれる。ミルクと肉付きの脂肪を与えなさい」と記載されています。

中世西欧の狩猟犬の記録

ヨーロッパでは近世まで狩猟が盛んだったため、王族が猟犬を持つことが一般的でした。

猟犬たちの面倒を見ていた管理人は、穀物や野菜、家畜の肉、心臓、肝臓、肺などの内臓を煮詰めたシチューを作り与えていました。

ドッグフードのはじまり

スプラッツ社の先駆け

1860年にアメリカ人の電気技師ジェームズ・スプラットが、当時の最新技術である避雷針をセールスするためにロンドンを訪れました。

フェリーが接岸すると、港にたむろしていた野良犬が尻尾を振ってフェリーに近づいてきます。

船員が食べ残した古いビスケットを岸に向かって放り投げると、犬たちは夢中でビスケットをむさぼり食っていました。

これを見た瞬間、スプラットは閃きました。

スプラットが設立したスプラッツ社は、小麦粉、肉、ビーツ(サトウダイコン)、野菜をベースに、固く焼いた犬用ビスケットを開発して大々的にセールスし、大成功しました。

ドッグフードはアメリカで発展を遂げる

イギリスで大成功を収めたスプラッツ社は満を持して1870年代にアメリカに進出します。

ドッグフードの市場は、最初はスプラッツ社の独占状態でしたが、1907年にアメリカ初のペットフード会社ベネット・ビスケット社が「ミルク・ボーン」というドライフードを販売し、市場を席巻しました。

1918年に第一次世界大戦が終了して自動車やトラクターの普及が進むと、使役用の馬の価格が暴落しました。

P・M・チャペルという人物は、不要になった安い馬肉を購入し、ドッグフードに加工することを思いつき、世界初のウェットタイプの缶詰ドッグフードを販売しました。

一方で、ナショナル・ビスケット・カンパニー(現ナビスコ)がベネット・ビスケット社を買収し、食品大手のピュリナ社がドッグフードの大量生産を開始するなど、アメリカを中心に急速にドッグフード市場が拡大していきました。

日本でのドッグフード生産のはじまり

イギリスで犬用ビスケットが事業化されてからちょうど100年後の1960年に、日本で最初のドッグフード「ビタワン」が発売されました。

当初、日本にはペットフードの販路が存在しなかったため、ビタワンは米穀店で販売されました。

なぜドッグフードが急速に普及したのか

最初のドッグフードは、お世辞にも犬の健康を考えていたとはいえない粗悪な商品でした。

しかし、当時は「犬専用の食事」という概念自体が新しく、とくにアメリカやイギリスなどの都市部では、ドッグフードを与えるという行為自体が、ある種のステータスとなっていたようです。

それに目をつけた大手企業の参入によって市場は急速に拡大していったのです。

まとめ

ドッグフードの普及と技術革新とともに、室内飼育の増加や獣医学の進歩によって、飼い犬の寿命は飛躍的に延びています。

日本獣医師会のレポートによれば、1980年ごろの犬の平均寿命は3~4歳でしたが、2000年代には10歳代に突入し、現在は13歳まで到達しています。

今後はさらに平均寿命が延びて、飼い主さんと一緒の楽しい時間が長く続くとうれしく思います。

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